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メジュゴリエ・レポート
2010年年5月15日
メジュゴリエの子どもである皆さま
イエスとマリアは賛美されますように!
1− 2010年5月2日、ミリアナはブルー・クロスで月例のご出現を受け、聖母のメッセージを人々に伝えました:
„愛する子どもたちよ、きょう慈しみ深い御父は、あなたたちが心を愛で満たして霊的歩みに踏み出すよう、私を通してあなたたちを招いておられます。 子どもたちよ、恵みに満たされなさい。罪を痛悔し、善である神を熱望しなさい。 また神の完全さをまだ知らない人たちの分まで、神を求めなさい。 あなたたちは神にとって一層大切なものとなるでしょう。 私はあなたたちに感謝します。‰ 注: ここでŒ霊的な歩み‚と訳している語句は元のクロアチア語でŒduhovni pohod‚となっており、Œ霊的訪問‚と訳すことも可能です。 ゴスパは聖エリザベトの家を訪れるご自身の訪問(5月31日は聖母ご訪問の記念日)、さらにŒ愛するこどもたち‚を訪れ続ける数え切れない訪問に、私たちがともに歩くことを望んでおられるのではないでしょうか。 イエレナ・ヴァシリの祈りのグループに聖母は≪あなたたちがすべてを私に委ねるなら、あなたたちが語る声は私の声であることを人たちは分かるのです。≫と言われています。しかもマリアの声は聖霊を運ぶ声です! マリアの挨拶はペンテコステなのです! ≪霊的訪問≫に踏み出しなさいと呼びかけるこのメッセージはとても重大です。 私たちが出会う人々に聖霊の輝きを注ぐようゴスパは期待しているのです。 2 ˆ ハイチから巡礼に来た女性から相談された問題は、司祭年に取り上げるのにふさわしいテーマと思いました。 女性はパリのある教会で赦しの秘跡を受けました。そのとき神父に煉獄の霊魂のためにしばしば祈っていると話したところ、神父は≪煉獄の霊魂のために祈る必要はありません! 煉獄は存在しないのですから。そんなことに時間を費やさないように。≫ 彼女は驚いて言いました:≪でも神父様、ミサの中でも神父様方は世を去った人たちのために祈りをなさいますが?≫≪それはしきたりだからです。≫と神父は答えたそうです。 彼女は子どもの頃、両親が煉獄の霊魂が救われるための祈りをする習慣があったので悩んでいると私たちに話しました。 今まで信じていたことが告解場でひっくり返ったのです。自分が信じていたことは妄想だったのか? 信心深い彼女の両親は娘に間違った事を教えていたのか? 何を信じたらよいか分からなくなっていました。
私たちは彼女の両親は教会の真の信仰を彼女に教えてくれたこと、そして煉獄の教義は教会の教えの中に含まれていることを話して彼女を安心させました。 本当にカトリックの司祭ならだれも煉獄を否定することはできません。煉獄はカトリック教会のカテキズムの中にはっきりと説明されています。 ではもし、司祭がカトリックの信仰に矛盾した事を言ったら、どうしたらよいでしょうか? 要点は2つあります:
まず、その司祭に敬意をはらい、興奮しないで話します。裁くことはしません。神学校でその司祭がどのような教育を受けたか、私たちは分かりません。そして彼自身が不完全あるいは間違った教えの犠牲者かも知れないからです。 とにかく彼のために祈ることが大切でしょう。
次に、その神父が教義を歪めたり改変したりするようなら、個人的な考えではなく、教会が何を言っているかを教えてくださいと頼みましょう。 こうすれば神父が教会の教えに対抗する危機にあっても、その神父を裁くという罪を犯すことなく、平安を保ち、司祭のことばを盲目的に信じるあやまちに陥らないですみます。 個人的な意見を聞くためではなく、司祭の中にキリストの使徒の姿を求めて司祭を訪ねるでしょう。個人的な意見は司祭によって変わることがあるからです。
若い人や、少し年を取った人たちの指導にも同じことが言えます。 こんなことがあります。 婚約したカップルが、結婚の秘跡を受ける前から同居することに問題はないし、聖体拝領や他の秘跡を受けることも出来ると、告解のときに教区司祭から言われた、というのです。 大きな間違いです! これは神父個人の意見であり、教会の教えとは絶対的に異なるものです。 とても多くの若者が、このような教えを受けて道を誤るのは嘆かわしいことです。結婚前の純潔は将来の家庭を成功させる強力な保証だからです。 今私が言いたいのは、真理をまじめに求める信者の苦労を数え上げることではありません。霊的な領域で混乱が起きているのを見て、私は全てのカトリック信者が自宅に「カトリック教会のカテキズム」をそなえ、よく読む事をぜひ勧めます。この本はヨハネ・パウロ2世のすぐれた著書の1つです。この本を読めば教会の真の信仰と教義が分かり、使徒たちの教えから離れることなく、周囲の相対主義に取り込まれた人たちが近づいてきてもゆらぎません。識別の基準は、人間よりも神を喜ばせることを第一の目的としているかです。 神のみことばは薄められることがありません。生命のみことばです。 私たちは神が司祭を与えてくださったことを感謝します。中でも使徒から受け継いだ真の信仰を私たちに伝えてくれる、今日教会とともに苦しんでいる司祭たちを与えてくださったことを。そのような司祭を力強く支えましょう!
3 ‐ 真にすぐれた母親! 司祭を励まし、天使の役をするのは母親であることがよくあります。私は一人のレバノンの神父を知っています。マンスール・ラバキ神父の経歴は並ではありません。神父が初ミサを捧げたとき、神父のお母さんはだれも想像できないほどの美しいホスチアを彼に贈りました。そのホスチアは心をこめた手づくりで、麦畑のように金色で、とても大きなものでした。ラバキ神父は≪お母さん、こんなホスチアをどこで見つけて来たのですか?!≫と叫びました。母親はホスチアの由来を話しました。彼女の息子は小さいときにイエス様の呼びかけを感じて神父になりたいことを家族に打ち明けていました。彼女はこれを聞いて喜び、この召し出しを支えるため、小さな犠牲、大きな犠牲を神に捧げようと心を決め、息子を教会の聖なる司祭にしてくださいと神に祈りました。母親としての霊的な手助けを目に見えるものにしようと、彼女は花瓶を選んで犠牲をするたびに麦を一粒入れることにしました。息子が初ミサを捧げる日が近づいたころ、彼女は息子が捧げる最初のご聖体のためにこの麦を粉に挽き、その粉で大きなガレットを焼くことを思いつきました。
そしてそのとおりになりました。ラバキ神父は母の物語を聞いて仰天しました。自分が司祭として捧げるキリストの体の一片づつが母の犠牲から生まれたもの!
しかも母は息子の聖なる召命のため沈黙のうちに犠牲を積み重ね、尊い秘密を長年守り続けていたのです! ラバキ神父は今70歳で司祭養成の仕事に励み、素晴らしい著書も書いています。 この物語が多くの母を励まし、母の霊的努力により世界に司祭が倍増することにつながることを願っています! 4- 司祭の年 今月は教皇ベネディクト16世が5月12日ファチマで大勢の司祭とともに祈った、とても美しい祈りを私たちの祈りとしましょう。数箇所ことばを言い変えれば、私たち一般のものが司祭のためにとりなしを求める祈りにすることができます。
けがれない母よ、この恵みの地に私たちは
偉大な永遠の祭司であるあなたの御子イエスの愛により呼び集められ
御父の御旨を忠実に行うため、あなたの母のみ心にこの身をお捧げします。
私たちはよく知っています、
主イエスを離れては、何もできないこと、そして
イエスを通して、イエスとともに、イエスのうちにあるときはじめて、
私たちは世界を救うための道具となることを。
聖霊の配偶者よ
キリストのうちに変身するというはかり知れない賜物を
私たちに得させてください。
あなたを包み、救い主の母とした、その同じ聖霊の力により
私たちの中にもあなたの御子キリストが誕生するために
私たちをお助けください。
教会が聖なる司祭たちによって刷新され、
すべてを新たにされる方の恵みによって変容しますように。
あわれみの御母よ、あなたの御子は私たちに
主にならい世の光、地上の塩となる(マタイ5:13-14)ようにと
呼びかけてくださいました。
あなたの力強い執り成しにより
私たちがこの高貴な召命を裏切ることなく、
自分のわがままにも、世の誘惑にも
悪のたくらみにも屈しないよう、お助けください。
あなたの清さで私たちを守り
あなたの謙遜で私たちを護ってください。
母の愛で私たちを包んでください。
多くの人たちがあなたに奉献して私たち司祭のために真の霊的母となりました。
あなたの母の愛はその人たちに反映しています。
教会の御母
私たちは自己を養う牧者ではなく、兄弟のために自身を神に捧げる
司祭になることを願っています。 私たちは、言葉だけでなく命をかけて謙遜に、
来る日も来る日も„私はここにおります‰と言い続けたいのです。
あなたに導かれて私たちは神のいつくしみの使徒となり、
喜びのうちに毎日祭壇で聖なる犠牲を捧げ、
望む人々に赦しの秘跡を行うことを望みます。
神の恵みをとりなし、仲介する母よ
あなたはキリストの唯一普遍の取次ぎ者として専念されています。
私たちが全力で神を愛し、あなたにならって人類のために働くよう、
刷新された心が与えられることを神にお願いしてください。
御父と御子が新たな聖霊の注ぎを私たちの上に送ってくださるよう、
„ぶどう酒がなくなりました‰(ヨハネ2:3)とあなたは主に言われました。
この効果的ある言葉をもう一度主に伝えてください。
御母が私たちの中に存在し続けて下さることに
私は感嘆し感謝に満たされています。
„わたしの主のお母様がわたしのところに
来てくださるとはどういうわけでしょう?‰(ルカ1:43)
と私も声をあげたくなります。
たぐいまれな私たちの母よ
„私たちを訪れ‰、慰め、支えることをお続けください。
‰
私たちをおびやかすすべての危険から
私たちを救い出しに来てください。
私たちの心に反映し、聖母のみ心に永久に一致した
イエスという名の主の救いを全人類が見るよう
あなたに委ね、奉献するこの祈りとともに
私たちは人として司祭として生きて行く中で
あなたをさらに深く、さらに熱烈に
私たちの中にお迎えしたいと願っています。
あなたの存在が私たちの孤独の砂漠に新たな花を開かせ、
私たちの暗闇に太陽を輝かせ、
嵐の後に平穏を取り戻させますように!
愛するゴスパ、司祭の母、私たちを癒し、育て、美しくしてくださるあなたのいつくしみの眼差しを感謝します! 私たちの訪問の道に聖霊がほとばしるよう、あなたもおいでください!
シスター・エマヌエル +
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