愛するメジュゴリエの子どもたちへ イエスとマリアは賛美されますように! 2008年5月15日 1‐5月2日、幻視者ミリアナ・ソルドはチェナコロ共同体で聖母のご出現を受けました。 終 わって次のメッセージがミリアナから伝えられました:≪愛する子どもたち、私がこの場所であなたたちとともにいるのは神の思し召しです。あなたたちが私に 心を開き、母として私を受け入れてくれてほしいのです。私の愛をとおして、生きることは易しいこと、豊かな憐れみがあることをあなたたちに教えましょう。 そして私はあなたたちをわが子イエスのところに導きます。イエスに向かう道は難しく、つらいでしょう、でも恐れてなくてよいのです。私がついています。私 の手は永遠の喜びに至る最後まで、あなたたちを離しません。ですから恐れず私に心を開いてください。あなたたちに感謝します。司祭たちのために祈ってくだ さい。司祭をあなたたちに与えたのは私の息子です。≫ 2 – マリアの聖地、ル・ローのノートル・ダムが認可されました !
5月4日、フランス南部、アルプスのふもとル・ローでは、ヴァチカン大使 と30人近い各地からの枢機卿、司教が居並ぶ中、数千人の信徒が参列して野外ミサが行われ、ギャップ (フランス、オートアルプ地方) 教区長ジャン・ミシェル・ディ・ファルコ司教は
「ル・ロー村の羊飼いブノワット・ランキュレルに聖母マリアが出現されたことは超自然的な出来事である」と正式に認めました。
こ れはフランスと世界にとって大きな意義を持つ事件です!フランス国内ではルルド以後、公式に認可された聖母出現地はル・ローが初めてです。神がいつ何を行 われるか測り知れません!ブノワットは50年間毎日聖母に会っていました。聖母との出会いは彼女が17歳の1664年に始まり、1718年に生涯を終える 年まで続きました。
今彼女の列福手続きが進行中です。ル・ローでは多くの人が身体の病を癒されています;聖母は、ご出現の場所から持ち 帰ったランプ油を病者に塗油しなさいとブノワットに勧められました。(この話題に関しては次のサイトに接続すれば詳しいことが分かります。ただしフランス 語です)http://diocesedegap.over-blog.com/article-18566529.html
3 - キアラのひざ! 去年の秋、友人のアンナ(イタリア)がメジュゴリエに巡礼に来て、10日間私たちの家に泊まっていました。アンナは語ります。 ≪11 月29日、義姉キアラは左のひざが腫れ上がりました。3人の医師が同じ診断を出しました:〝休んでいれば、そのうちに治るでしょう。〟 というのですが、 時間がたっても状態は良くなるどころか、悪くなって行きました。私たちは心配になり、心を落ち着けようと絶えず聖母に祈りました。その晩彼女は危険な容態 に陥ったので、私たちはローマのジムリ医院に入院させることに決めて連れて行きましたが、病室が空いていません! 辛抱強く待つこと数時間、やっと提供さ れたのは小さな病室の、2つのベッドの間の狭い空間でした。テーブルもライトも、酸素装置もついていません。キアラには何もなかったのです...ところが 実は、彼女にはすべてがありました!実は、とても驚いたことに、彼女のベッドのまくら元に、だれかがメジュゴリエの聖母の御絵を一枚残しているではありま せんか。マリア様がそこで私たちを待っていてくださったのです!≫ 12月1日、病院の血管科主任医師の説明があり、キアラは合併症の せいで肺に血栓が生じたため、回復する望みは薄いこと、余命はいくばくもないことを告げられました。それを聞いた私は千もの思いで頭が占領されました。急 いで解決策を見つけなくては!私の目は姉のベッドの上にかかった聖母の絵に釘付けになりました。聖母のまなざしは私を引き付け、まるで生きているように真 に迫って見えました! その瞬間、天の母こそが私たちが現状から抜け出すための力になってくださる方に違いない、キアラにほんの少しでも助かるチャンスが あるとすれば、それはこの病院や、医師団のおかげでもない、聖母マリアがしてくださる、と私は理解したのです。メジュゴリエでマリア様に会いたい!行って キアラのために祈り、断食しなければ! メジュゴリエに住むシスターに電話をかけ、どうしても今夜そちらへ行きたい、と相談しました。 神は私とともにいてくださり、暗い今の状況を照らしてくださっているという確信があり、迷うことなく10日間現地に滞在する決心をしました。その日すぐ、ローマの空港からスプリット(メジュゴリエへ行く経由地)へ向けて飛び立った私の心は喜びにはずんでいました。≫ ア ンナはこうしてメジュゴリエの私たちの家に到着しましたが、アンナの義姉の病状はさらに悪化したとイタリアから連絡を受けます。12月2日、アンナはミリ アナが受ける月例の聖母ご出現に参加します。この時の聖母からのメッセージ(PS2参照)を聞いたアンナは、キアラのためにさらに断食して祈ることを決意 しました。アンナは携帯電話で家族と連絡を続けており、聖母からのメッセージの重要さを説明し、皆に祈り、断食するようすすめました。キアラの病状が安定 して来ました。大勢の友人や知り合いの人々が家族に心を合わせてくれることとなり、キアラの周りには祈りと断食の輪が広がって行きます。まるで愛のクレ シェンドのように。しかも断食をするのは初めて、という人も多数でした! アンナの兄は多忙にもかかわらず自動車修理工場を閉めて妻に付き添っていました。彼は従業員に言いました:《家に帰ってキアラのために祈ってほしい。たとえ神を信じていなくても祈ってくれればいい! 》 キ アラは愛に包まれていました。祈りの中に現存するイエスから生まれる愛です。私たちは電話でキアラに言います:《心配しないで。あなたは神の手の中にいる の。主にお任せすればいいのです!》電話が鳴るたびにおののきながらも、アンナの心は平和でした。彼女は神のいつくしみに信頼し《なにが来ようとも、それ は神の御旨》と、キアラの一切を神の手にゆだねていたからです。 私たちはまさしく 聖母のメッセージを生き、広めるためにメジュゴリエに来て暮らているわけですが、その私たちにとってアンナの手本は衝撃でした。27歳の若い女性がそこま で自分を犠牲にして、一日も気を緩めることなく、パンと水の生活を守っているのを私たちは見ました。3人の子の母親を救うため彼女が遠方の仲間を熱心に説 き伏せ、励まし続けるのを聞きました。私たちは眼をさまされる思いでした!》 アンナが帰国するころになってニュースが届きました:《とても衰弱しているが、キアラは危機を脱した!》。私たちはうれし泣きしました。アンナに続きを語ってもらいましょう。 ≪ その後は光の毎日でした! 姉の体調は良くなって行きました。姉は嬉しそうな声で、すべてが挫折しそうな時も、祈りをやめたことがないと話しました;‘治 してくださいと祈ると同時に、地上の生命が終わる場合には神の御旨を進んで受け入れる力を見い出させてくださいと祈っていたの。’ 最初の時点から 私たちを助けてくださった天の母に感謝するためメジュゴリエ巡礼をしようと、私は彼女と約束し合いました。キアラの病気により、神の恵みが信仰のあるない にかかわらず、大勢の人の心に触れました。神から触れられた心は、たとえ常に神の声に従っていなくても、滅びることはありません。その人はいつも正しい道 に戻る望みを持ち続けるものです。≫ アンナは神の王国を奪い取る暴力団に属しています。私たち皆にとって、なんと立派な手本でしょう!医学がさ じを投げたとき、彼女は霊の武器を選びました。ほかでもない、あの強い信仰をもって捧げた彼女の犠牲がキアラの生命を救ったと私は信じます。《病気にか かったら、その病気を私にあずけなさい。あなたたちが祈りと断食をすれば、病気のことは私が引き受けます!(ヴィッカに、年月日不詳)》とゴスパは言われ ました。祈ろうと思う人は多いのですが、病気のために断食して犠牲を捧げる人は少ししかいません。断食と犠牲をを行えば、さらに多くの癒しが実現します! 愛するゴスパ、あなたに手を取られて歩き、あなたを通して主イエスに向かい、 天国へ向けて導かれることはなんという喜びでしょう! シスター・エマヌエル+ _____________ PS 1 - 12月2日、ミリアナ・ソルドはご出現が終わると深刻な表情で目に涙を浮かべ、次のように語りました:“ゴスパはとても悲しんでおられ、始めから終りまで目に涙をためていらっしゃいました。”ミリアナは以下のようなメッセージを私たちに伝えました: “愛する子どもたちよ、きょう、あなたたちの心の中を見た私の心は悲しみと心配でいっぱいです。 私 の子どもたちよ、立ち止まって自分の心の中をのぞいてごらんなさい。そこであなたたちの主である私の子は第一の場所にいますか? あなたたちは生きて行く 上で真に主の十戒を尺度にしていますか? あらためてあなたたちに教えます:信仰がなくて神の近くにいることはできません。救いの光であり、正しい理性の 光である神の言葉に与ることもできません。” ミリアナは付け加えて言いました:“悲しくなって私は、私たちをお見捨てにならないでください、私たちから手をお引きにならないでくださいゴスパにお願いしました。私の願いを聞いてゴスパは悲しそうにほほえんだだけで今回‘ありがとう’の言葉はなく立ち去られました。” PS 2 - メジュゴリエの問題―教会は: ローマの状況について心配する理由は何ひとつありません! 一部の人たちを最近不安にしている世間の傾向はすべて個人的な意見や発言の不正確な報道から生じており、教会法が定める正式に署名された、日付と番号入りの公文書に基づいていません。 実 際、メジュゴリエについて何一つ変わっていません。私的な巡礼はつねに認可されています。(公的巡礼は不可)巡礼者の指導のために司祭が付き添うことは禁 止されていません(むしろ奨励されています)。教会はメジュゴリエについては気を配っているので安心していましょう。新しい状況が生じた場合は教会が正当 な報道機関を通じて発表します
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